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世界平和へ。大乗仏教とキリスト教の類似点とは?「生けるブッダ、生けるキリスト」その6

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仏教は主に、歴史的人物として、この世に生まれてきた「お釈迦様(釈尊)」
その人の実践的教えに力点を置く「小乗仏教」と、ブッダは私たちの心の中に
いまだに生きて教えを説き続けているという思想を基盤にする「大乗仏教」に
分けられます。お釈迦様がこの世を去る、いわゆる釈尊入滅の時に、嘆き悲しむ
弟子たちに次のような言葉を残したと言います。

 

“My physical body will no longer be here, but my teaching body, Dharmakaya, will
always be with you. Take refuge in the Dharma, the teaching, to make an island
for yourselves.”

「私の肉体はまもなくこの地より消えてゆくが、私の教えの身,ダルマカーヤ(法身
はいつもおまえたちとともにあるであろう。教えのダルマに帰依して、みずからを
ダルマの島とせよ」。

 

禅僧ティク・ナット・ハンによれば、この言葉の指示するところは明らか。つまり、
ダルマ(真理の教え)は私たちの避難すべき島、道を照らす松明であり、釈尊尊い
教えが残るならば、何も恐れることはない、と言うのです。同じような話で、
あるとき、ひどく病んだひとりの修行僧が、生身の釈尊に会うことができないことを
いたく悲しむと、釈尊は彼にこう告げたと言います。

 

“My physical body is not what is most important. If you have the Dharma body with you,
if you have confidence in the Dharma, if you practice the Dharma, I am always with you.”
「最も大切なものは私のこの肉体ではない。もしおまえがダルマの身をみずからの内
に持ちつづけたら、ダルマを堅く信じるならば、私はいつもおまえとともにいる」

 

 

ここでティク・ナット・ハンは、イエス・キリストの以下の言葉を引用します。

 

“Whenever two or three are gathered in my name, I am there.”

「私の名のもとに、二、三人の者が集うとき、私もそこにいる」

 

「私たちの心の中で永遠に生き続けるブッダ」という大乗仏教の考え方は、イエスを、
「永遠に内なるものとして生き続ける」として信仰の対象にするキリスト教の考え方に
似ている、とティク・ナット・ハンは指摘しているのです。もちろん、だからといって
安易に、この二つの宗教は、すぐにわかりあえる、と結論づけることは拙速でしょう。
ただし、ベトナム戦争終結させるため、ふたつの異文化の真の交流に身も心も
捧げた、ひとりのベトナム禅僧の言葉は、これからの世界平和という観点から
考えれば、他とは違う重みを持って響くのではないでしょうか。

 

Living Buddha, Living Christ 20th Anniversary Edition

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生けるブッダ、生けるキリスト

生けるブッダ、生けるキリスト

 

  

Living Buddha, Living Christ

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