しあわせになる英語 English for Happiness

共に学ぶ「お役立ち」プログをめざします。

字幕検証。映画「沈黙」で学ぶ、「祈る(pray)」の意味を問う英語。


映画『沈黙-サイレンス-』特別映像

“ I pray but I am lost. Am I just praying to silence? ”

「主よ、あなたは何故、黙ったままなのですか?」

 

現役の映像作家として、間違いなく最高の位置にいるマーティン・スコセッシが、
遠藤周作の原作に出会って映画化を熱望し、28年という歳月をかけて完成させた
話題作「沈黙-サイレンス-」に使われている英語オリジナルの台詞と、それに
つけられた日本語字幕(予告編)です。読み比べていただければわかるように、
英語と日本語では、同じ内容を言っているのに、まったく違うニュアンスに
なっています。英語の“ I pray but I am lost. ”には、信仰を持った主体としての
自分(私)が祈っているのに、神は答えてくれない、という絶望感があり、
続く” Am I just praying to silence? ” には、自分が今行なっている「祈り(prayer) 」
に対する根源的な疑いや、自分の行為が無駄ではないのか、という焦りの気持ちが
感じ取れます。これに対して日本語字幕の「主よ、あなたは何故、黙ったままなの
ですか?」には、そういった「迷える自分」は感じられず、どこか他人事のように
聞こえなくもありません。もちろん、まだ映画を観ていない人間を勧誘するための
「予告編の字幕スーパー」という制限があって、仕方がないのですが、そもそも、
日本人に対して宗教あるいは信仰(faith)というテーマを語ることは難しいことなのだ
と、あらためて感じました。英語とは、つねに” I ” を意識しながら話す言語であり、
日本語のように「私(主語)」を言わなくても成立することは、基本的にはありえま
せん。考えてみれば、日本では「無私」あるいは「無我」いう言葉が、良い意味で
使われていますが、このあたりにも、日本人のメンタリティーの特性を理解する
鍵があるのかも知れません。ま、この問題は深堀するとキリがないので、今回は
このくらいにしておきますが、最後に、字幕担当者の方の名誉のために、同じ台詞
に対して、予告編ではなく映画本編の中で、なるべくオリジナルのニュアンスを
損なわないように、つけらけれていた字幕を、参考として紹介しておきます。

 

“ I pray but I am lost. Am I just praying to silence? ”

「祈りをささげても心は迷う。私は無に祈っているのか。」

 

 

    何度観ても、圧倒されます。オススメです。

 

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