しあわせになる英語 English for Happiness

共に学ぶ「お役立ち」プログをめざします。

「ダライ・ラマ 思いやること」その1。思いやり(compassion)は、怒りの解毒剤。

人間の煩悩の中で、「怒り」は非常にやっかいな破壊的存在。怒りにまかせて破壊的な行動をとってしまい、後悔しても取り返しがつかない、という体験は、たいていの人が持っているのではないでしょうか。世界の精神的指導者であるダライ・ラマは、長年にわた…

「ダライ・ラマ 宗教を越えて」その14。人生における苦難にも長所がある?

人生における苦難(suffering)をどう受け入れるか?いや、そもそも苦難なんて受け入れたくない、と思う方も多いかもしれません。しかし、そこは考え方ひとつ。現に、迫害を受け、故郷を追われる亡命生活を続けてきたダライ・ラマは、苦難を受け入れ、忍耐と赦…

「ダライ・ラマ 宗教を越えて」その13。どう考えれば、人を赦(ゆる)せるようになるか?

誰かに傷つけられたとき、その人を赦すことは、頭で考えるよりはるかに難しいことです。しかし、すべての事柄が様々な原因と条件(因縁)から成り立っているということを心に留めておけば、人を赦すことがもっと簡単にできるようになると言います。ダライ・…

「ダライ・ラマ 宗教を越えて」その12。「怒り」をなくすための処方箋とは?

どうしようもない「怒り」を感じた時、多くの人は、その原因を自分の外に探すと言います。あいつのせいだ、と。しかし、ダライ・ラマによれば、本当のトラブルのもとは、自分の中にあるはずだと言うのです。他人や自分を取り巻く環境を責める代わりに、まず…

「ダライ・ラマ 宗教を越えて」その11。生まれながらの感情・行動パターンでも、脳から変えられる?

私たちが真の幸福を得られないのは、心の奥に巣食っている破壊的感情(煩悩)のせいであると言います。そして、世界の主な宗教が、人類には内から変わる力が備わっており、これら煩悩も取り除くことができる、としているのに対し、非宗教的立場、とくに唯物…

「ダライ・ラマ 宗教を越えて」その10。世界から暴力を減らす唯一の方法とは?

ダライ・ラマによれば、世界はどこも互いに深い依存状態にあり、戦争で何かを解決しようとすることは、もはや時代遅れの不合理な代物になっていると言います。一つの地域で戦争や弾圧や内戦が起きると、その影響は必ず世界の他の地域の人々にも及んでしまう…

「ダライ・ラマ 宗教を越えて」その9。人類の未来は?ダライ・ラマは楽観的。

世界の誰もが互いにつながり、影響を及ぼしあっている、現代。たとえば、2008年のリーマン・ショックにも見られるように、一握りの人間の倫理の欠如が、何億という人々の生活を狂わせてしまう、そんな時代に私たちは生きているのです。そんな事態に直面して…

「ダライ・ラマ 宗教を越えて」その8。人生で難しい選択を迫られたら、どうするか?

人生には、一般的な原理・原則では処理しきれないジレンマ、つまり難しい選択を迫られる場面が、時として発生します。そんな時、何を拠り所にして答えを出せばいいのか?ダライ・ラマの言葉に耳を傾けてみましょう。 In my own case, when called upon to ma…

「ダライ・ラマ 宗教を越えて」その7。「赦(ゆる)す」ことで、自分が劇的に変わる?

自分に危害を加えた者を「赦す」ことは、慈悲・思いやり(compassion)の心の重要な一部ですが、実は、この行為は、自分にとっても重要な意味をもっていると言います。他者に与える効果もさることながら、自分に与える効果が計り知れない「赦し(forgiveness)」…

「ダライ・ラマ 宗教を越えて」その6。慈悲心(compassion)とは、何をされても抵抗しない心?

慈悲・思いやり(compassion)は、ある意味、心の弱さであり、何をされても抵抗しない態度につながる、だから、私には関係ない。と考える方が少なからず存在すると言います。とくに正義の観点から、不正に対しては慈悲など無用で、断固戦うべきという主張があ…

「ダライ・ラマ 宗教を越えて」その5。「慈悲・思いやり(compassion)」は、宗教行為?

ダライ・ラマが一貫して、その大切さを主張している「慈悲・思いやり(compassion)」。ただし、とくに「慈悲」という言葉には、宗教的な響きを感じてしまい、自分とはあまり関係がないものと思う方も多いでしょう。しかし、「慈悲は宗教行為じゃないんですか?…

「ダライ・ラマ 宗教を越えて」その4。心のあり方が、あなたの幸福を左右する。

お金があって、健康で、友達もいる。それでも、なお、本当に幸せかどうかわからない、という場合があると言います。お金も、健康も、友達も、いつ無くしてしまうかわからない。不安がある限り、本当に幸せとは言えない。――ある意味、贅沢な悩みとも言えます…

「ダライ・ラマ 宗教を越えて」その3。「宗教なし」で生きていくためのヒント。

宗教を実践する人にとっては、倫理的に生きるのは当然のこと。しかし、多くの人々にとって宗教があまり意味を持たなくなっている現代において、人類が生き残るために必要な倫理的基盤は、どこに求めればいいのでしょうか? 世界の精神的(スピリチュアル)な指…

「ダライ・ラマ 宗教を越えて」その2。「宗教嫌い」に関する、ダライ・ラマの意見。

十九世紀から二十世紀にかけて、「宗教は阿片である」というマルクス主義者からの非難を筆頭に、宗教は人類の進歩にとって障害物であるという考え方が、広く浸透しました。主に西洋の思想による教育を受けてきた私たち日本人も例外ではありません。いわゆる…

「ダライ・ラマ 宗教を越えて」その1。人類の危機を救うのは、「宗教を超えた」倫理?

核戦争の危機、環境問題、貧富の差の拡大etc…人類は、今、破滅に向かっているのか、それとも誰もが幸せになれる道がまだ残されているのか?――仏教の巨人、ダライ・ラマの答えは、ある意味、驚くべきものです。すなわち、「今日の私たちに必要なのは宗教的な…

「ダライ・ラマ 実践の書」その10。仏教の「実践」は、実際問題、何に役立つか?

仏教を知識として学ぶだけでなく、「実践」すること。すなわち、道徳的な戒めを守り、集中的な瞑想を行ない、智慧を磨く、という3つの修行を実践することが、その中身であり、この「ダライ・ラマ 実践の書」で詳しく解説されていることなのですが、いったい…

「ダライ・ラマ 実践の書」その9。仏教の智慧「空(emptiness)」を、どう考えるか?

仏教を学ぶ人が必ず出会い、そしてある意味、つまずいてしまうのが、般若心経の「色即是空」で有名な「空(emptiness)」の考え方かもしれません。私自身も、理解不足なのですが、短く言えば、「あらゆる事象はそれ自体の力では存在していない。すなわち『空』…

「ダライ・ラマ 実践の書」その8。今日からできる。心の平和を得るためのヒント。

仏教では、人生における苦しみから解放され、心の平和を獲得するための実践方法がいくつも説かれています。その中でも有名なのが瞑想ですが、最近では「マインドフルネス(気づき)」につながるノウハウとして解説本が数多く出版されていることはご承知のと…

「ダライ・ラマ 実践の書」その7。自分の幸せのためには、まず他者を優先する?

「情けは人のためならず」という場合の「人」とは「他人」のこと。このことわざは、よく誤解されているのですが、正しくは、「情けは他人のために行なうのではなく、自分のために行なうもの」という意味なのです。そして「情け」の英訳は、まさに、このプロ…

「ダライ・ラマ 実践の書」その6。真の思いやりへ。あなたの敵こそ、あなたの教師。

人類が破滅の道から脱出して生き残るために必要な、「愛と思いやり」。そのうち「思いやり・慈悲(compassion)」は、本来、私たちが思い浮かべるような他人への心遣い、という枠組みをはるかに超えた、もっと広くて深いものだと言います。そして、その真の思…

「ダライ・ラマ 実践の書」その5。「忍耐」こそ、悟りに近づく第一歩。

ブッダによれば、「忍耐(patience)」こそ、修行の最高のかたちであり、忍耐を通して人は涅槃に到達すると言います。「涅槃(ねはんnirvana)」とは、すべての煩悩から解き放たれた、悟りの最高の状態。私たち悩み多き凡人には、とても手の届かない境地のよう…

「ダライ・ラマ 実践の書」その4。思いやりを敵にも向ける。究極の「心の平和」の獲得法とは?

どんな逆境にあっても、けっして取り乱さず、「心の平和」を保ち続けることができる人がいます。中国からの迫害に会い、故郷を追われたダライ・ラマは、その代表的な人物と言っていいでしょう。実際に出会った人すべてを安心させ、幸せな気持ちにさせると言…

「ダライ・ラマ 実践の書」その3。ブッダの最初の教え。悟りのための基礎知識。

悟りを得たブッダが最初に説いたのが「四聖諦ししょうたい(The Four Noble Truths)」。悩みの多い自己を克服するために仏教を実践する人にとって、基本中の基本となる教えです。そこまで仏教に深入りしていない、という人でも、たとえば、外国人と宗教につい…

「ダライ・ラマ 実践の書」その3。ブッダの最初の教え。悟りのための基礎知識。

悟りを得たブッダが最初に説いたのが「四聖諦ししょうたい(The Four Noble Truths)」。悩みの多い自己を克服するために仏教を実践する人にとって、基本中の基本となる教えです。そこまで仏教に深入りしていない、という人でも、たとえば、外国人と宗教につい…

「ダライ・ラマ 実践の書」その2。永遠に続く苦しみから解放されるために。悟りへの第一歩とは?

仏教の考え方では、人間とは、「生老病死」の苦しみを永遠に繰り返す、つまり「輪廻(りんね)」に縛られた存在。仏教徒がめざす「悟り(enlightenment)」とは、そこからの解放を意味していると言います。悟りへの第一歩は、「持戒(morality)」と呼ばれるもの…

「ダライ・ラマ 実践の書」その1。愛と思いやり。ノーベル平和賞への道。

1959年に故郷チベットを追われて以来、献身的に世界平和への精神的活動に努め、1989年にノーベル平和賞を受賞したダライ・ラマ。その活動の核となっているのが「愛と思いやり(love and compassion)」が何よりも現在の人類に必要なものであるという、彼の確信…

「ダライ・ラマ 思いやりのある生活」その5。心を鍛錬する八篇の詩。

人類の幸せな未来のために、自分よりも他者を大切にする「思いやり(compassion)」を何よりも重視するダライ・ラマの心は、チベット仏教の伝統の中で鍛えられたものです。心の鍛錬に関する文献のなかで、ダライ・ラマがとくに大切なものとして紹介しているの…

「ダライ・ラマ 思いやりのある生活」その4。地球を救うのは「愛」――それだけ?

「愛は地球を救う」というスローガンがありますが、疑り深い私は、「愛だけでは、ときにわがままや憎しみを生み出し、人を滅ぼすことさえあるのではないか?」そう思ってきました。そんなときネットで出会ったのが、ダライ・ラマの「思いやりと個人」という…

「ダライ・ラマ 思いやりのある生活」その3。思いやりを育むには、まず自分を愛せるかどうかが大切。

仏教における修行の目的のひとつは、他者を含めて生きとし生けるもの(有情のもの=sentient beings)すべてが苦しみから解放されることを願う、本物の思いやりを育むこと。これは、非常に困難で、悟りを得ない限り達成不可能な目的に思えるのですが、私たち…

「ダライ・ラマ 思いやりのある生活」その2。思いやりがあれば、人生はスイスイ、うまく行く。

いつでも自分のことを優先する人は、逆に、人生に壁を作ってしまい、前に進めなくなることが多いと言います。それに対して、他人への思いやりを忘れない人の人生は、スイスイとうまく行く。ダライ・ラマによれば、思いやりは「成功の究極の源」なのです。バ…