しあわせになる英語 English for Happiness

日曜更新。人生に役立つバイリンガルの学び。

即効性抜群。怒りを和らげたいなら、拳を開こう。「マインドフルネスを始めたいあなたへ」その12

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私たちが手でつくるさまざまなポーズは、身体の中を流れるエネルギーと密接な
関係を持っており、何千年もの間にわたり、ヨガ哲学や瞑想の伝統において描き
出され、理解され、活用されてきたと言います。たとえば、怒りと拳の関係。
マインドフルネス普及の功労者ジョン・カバットジンが、死ぬ間際のガンジー
例を引きながら、解説してくれています。

 

The next time you find yourself making fists out of anger, try to bring mindfulness
to the inner attitude embodied in a fist. Feel the tension, the hatred, the anger,
the aggression, and the fear which it contains. Then, in the midst of your anger,
as an experiment, if the person you are angry at is present, try opening your fists
and placing the palm together over your heart in the prayer position right in front of him
 (Of course, he won’t have the slightest idea what you are doing.) Notice what happens
to the anger and hurt as you hold this position for even a few moments.

次回あなたが怒りで握り拳を作っていることに気づいたら、握り拳で表された内なる
姿勢に対し、マインドフルネスをもたらすようにしてみてください。その拳が持つ
強張り、憎悪、怒り、攻撃性、恐れを感じてください。その後、怒りの最中に、実験
として、もしあなたが怒っている相手がその場にいる場合、その人の目の前で拳を
開き、お祈りのポーズのように手の平を胸の前で合わせてみてください(もちろん、
その人はあなたが何をしているのかまったくわからないでしょう)。数秒でもいいので
このポーズをしてみて、怒りや苦痛がどうなるか、気づいてみてください。

 

I find it virtually impossible to sustain my anger when I do this. It’s not that the anger
may not be justified. It’s just that all sorts of other feelings come into play, which frame
the anger energy and tame it.

私の場合、こうすると怒りを保ち続けるのが実質的に不可能になることに気づきます。
怒りが理にかなっていないということではありません。ただ、他のあらゆる感情が
動き始め、怒りのエネルギーを取り囲み、弱めてしまうのです。

 

When Gandhi was assassinated at pointblank range, he put his palms together
in this way toward his attacker, uttered his mantra, and died. Years of meditation
and yoga practice, guided by his beloved Bhagavad Gita, had brought him to the point
where he was able to bring the perspective of non-attachment to everything he was
engaged in, including his very life. It allowed him to choose the attitude he would take
in that very moment he was being robbed of life.

ガンジーが至近距離から暗殺されたとき、彼は暗殺者に向かって手の平をこのように
合わせ、マントラを唱え、そして亡くなりました。彼が敬愛したバガヴァッド・
ギーターによって導かれた何年も実践した瞑想やヨガにより、ガンジーは自らの命を
含め自分が関わっているすべてに対し執着のない姿勢を保つことができるところにまで
辿り着いたのです。これにより、彼は命を奪われたその瞬間に、自分が取りたい態度を
選択することができました。

 

He didn’t die angry or even surprised. He had known his life was in constant danger.
But he had trained himself to march to the drumbeat of his own growing vision of what
constituted wise action. He had come to a point where he truly embodied compassion.

ガンジーは怒りを抱いて亡くなったり、驚きの中で亡くなったりはしませんでした。
彼は、自らの命が常に危険にさらされていることを知っていました。しかし彼は、
何が賢明な行動かについての日に日に大きくなるヴィジョンが奏でるドラムのビートに
あわせて進むことができるよう、自分自身を鍛えていました。彼は、慈悲をそのまま
体現できるほどまでになっていたのです。

 

 

Wherever You Go, There You Are: Mindfulness Meditation In Everyday Life (English Edition)

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マインドフルネスを始めたいあなたへ 毎日の生活でできる瞑想:Wherever You Go, There You Are

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毎日五分。集中力を養うための瞑想。その失敗しないコツ。「マインドフルネスを始めたいあなたへ」その11

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マインドフルネス瞑想が集中力を養うために効果的だとわかっていても、実際に
行なってみると、過去や未来のこと、あるいは差し迫ったスケジュールなどに心が
奪われて、なかなか「今この時だけに存在する」という理想形に近づけないもの。
そんな時、どのようにリカバリーすれば良いか、マインドフルネス普及の功労者
ジョン・カバットジンからのヒントをお届けします。

 

TRY:

Setting aside a time every day for just being. Five minutes would be fine, or ten or
twenty or thirty if you want to venture that far. Sit down and watch the moments unfold,
with no agenda other than to be fully present.

エクササイズ

ただ存在するためだけに、毎日時間を取ってみてください。五分でもいいのです。
または思いきって冒険してみたければ、十分、二十分、三十分でもいいでしょう。
腰を下ろし、今現在に完全に存在するという以外の目的は何も持たず、一瞬一瞬が
展開していくさまを見てみましょう。

 

Use the breath as an anchor to tether your attention to the present moment. Your
thinking mind will drift here and there, depending on the currents and winds moving
in the mind until, at some point, the anchorline grows taut and brings you back.
This may happen a lot. Bring your attention back to the breath, in all its vividness,
every time it wanders. Keep the posture erect but not stiff. Think of yourself as
a mountain.

現在の瞬間にあなたをつなぎとめる重しとして呼吸を使いましょう。重しにつながった
ロープがピンと張り詰めてあなたを引き戻すときまで、考える心は、心の中で働く潮流
や風の流れによってそこかしこに漂っていくでしょう。もしかして頻繁にこのような
ことが起こるかもしれません。意識が逸れるたびに、生き生きした呼吸に意識を戻し
ましょう。背筋は伸ばしたままに保ちますが、力んではいけません。自分が山であると
想像してみましょう。

 

Wherever You Go, There You Are: Mindfulness meditation for everyday life (English Edition)

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マインドフルネスを始めたいあなたへ 毎日の生活でできる瞑想:Wherever You Go, There You Are

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マインドフルネスとポジティブ・シンキングを混同しない。「マインドフルネスを始めたいあなたへ」その10

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聖書に次ぐベストセラーとまで言われ、その後の何冊もの「ポジティブ・シンキング
本の先駆けになった名著「原因と結果の法則(As a man thinketh)」の中身を一言で
言うと「You are what you think(その人を形作るのは、その人の思考)」。でも、
人生を変えると言う点では同じでも、マインドフルネス瞑想とポジティブ・シンキング
は、全く違うものだと言います。どういうことでしょうか?マインドフルネス普及の
功労者ジョン・カバットジンの言葉に耳を傾けてみましょう。

 

Awareness is not the same as thought. It lies beyond thinking, although it makes use of
thinking, honoring its value and its power.

気づきは、考えと同じものではありません。気づきは考えることや、その価値や力に
敬意を払うことではありますが、考えを超えて存在するものです。

 

Not only is it not limited by the pot-pourri of our thinking mind, awareness is the pot
which cradles all the fragments, just as the soup pot holds all the chopped-up carrots,
peas, onions, and the like and allows them to cook into one whole, the soup itself.

気づきは、ごった煮のようになった考える心にとらわれることなく、むしろバラバラに
なった心すべてを包み込んで受け入れる鍋そのものであり、それはまるでスープ鍋が
刻んだにんじんや豆、玉ねぎなどを受け入れ、それら材料を一つのスープへと調理する
ようなものです。

 

But it is a magical pot, much like a sorcerer’s pot, because it cooks things without
having to do anything, even put a fire underneath it. Awareness itself does the cooking,
as long as it is sustained. You just let the fragments stir while you hold them in
awareness. Whatever comes up in mind or body goes into the pot, becomes part of
the soup.

でも、これは魔法の鍋、魔法使いの鍋のようなものです。なぜなら、何もしなくても、
鍋の下に火を入れることさえしなくても、材料を調理してくれるからです。気づきが
保たれている限りは、気づきそのものが調理をしてくれます。あなたはただ、断片と
なった心を気づきの中に保ちつつ、断片がその中に混ざっていくのに任せればいいの
です。心や体に何が起きようが、すべてが鍋の中に入り、それがスープの一部になって
いくのです。

 

Meditation does not involve trying to change your thinking by thinking some more.
It involves watching thought itself. The watching is the holding. By watching
your thoughts without being drawn into them, you can learn something profoundly
liberating about thinking itself, which may help you to be less of a prisoner of those
thought patterns――often so strong in us――which are narrow, inaccurate, self-involved,
habitual to the point of being imprisoning, and also just plain wrong.

瞑想は、よりたくさん考えごとをすることで考えを変えようとすることでは
ありません。瞑想とは、考えそのものを観察することです。観察とは、辛抱強く
そのままの状態でいることです。考えの中に引き込まれることなく考えを観察する
ことで、考えそのものについて、非常に自分を解放してくれる何かを学ぶことが
できます。それは、通常、私たちの中に強く存在する考え方のパターン――狭く、
不正確で、自己陶酔した、まるで囚われの身のように習慣的で、明らかに間違った
もの――に囚われることを減らす手助けをしてくれるかもしれません。

 

If we decide to think positively, that may be useful, but it is not meditation. It is just more
thinking. We can as easily become a prisoner of so-called positive thinking as of
negative thinking. It too can be confining, fragmented, inaccurate, illusory, self-serving,
and wrong. Another element altogether is required to induce transformation in our lives
and take us beyond the limit of thought.

もし私たちがポジティブに考えようと決意するなら、それは役立つことでは
ありますが、それは瞑想ではありません。考えが増えるだけです。私たちは、
いとも簡単にいわゆるポジティブ・シンキングやネガティブ・シンキングの虜に
なってしまうものです。これは限定的で、分断しており、不正確で、妄想的で、
利己的で、間違っているかもしれません。ですから、私たちの人生において変化を
起こし、考えの限界の向こう側へ行くには、まったく違う要素が必要になるのです。

 

Wherever You Go, There You Are: Mindfulness meditation for everyday life (English Edition)

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マインドフルネスを始めたいあなたへ 毎日の生活でできる瞑想:Wherever You Go, There You Are

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As a Man Thinketh (English Edition)

As a Man Thinketh (English Edition)

 

 

 

「原因」と「結果」の法則

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東洋と西洋の違い。仏教徒ではない人のための瞑想とは?「マインドフルネスを始めたいあなたへ」その9

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なぜマインドフルネス瞑想を実践するのか?その答えは人それぞれだと思いますが、
マインドフルネス普及の功労者ジョン・カバットジンの言葉を読めば読むほど、
東洋人として仏教の教えが感性的にはわかるが、理性的には「西洋的な教育を受けて
きた自分」を意識してしまいました。バイリンガルでご紹介します。

 

It is virtually impossible, and senseless anyway, to commit yourself to a daily meditation
practice without some view of why you are doing it, what its value might be in your life,
a sense of why this might be your way and not just another tilting at imaginary windmills.

あなたがなぜ瞑想を実践するのか、あなたの人生における瞑想の価値は何であるのか、
他の無益とも思える努力ではなく瞑想を選ぶのはなぜなのか、ということについて、
ある程度の見解がなければ毎日瞑想の実践に専心することは実際のところ不可能で
あり、いずれにしても無意味なことです。

 

In traditional societies, this vision was supplied and continually reinforced by the culture.
If you were a Buddhist, you might practice because the whole culture valued meditation
as the path to clarity, compassion, and Buddhahood, a path of wisdom leading to the
eradication of suffering. But in the Western cultural mainstream, you will find precious
little support for choosing such a personal path of discipline and constancy, especially
such an unusual one involving effort but non-doing, energy but no tangible “product.”

昔ながらの社会では、このヴィジョンは文化により与えられ強化されていました。
もしあなたが仏教徒なら、あなたが瞑想を実践する理由は、明瞭、慈悲、悟りへの
境地への道、そして苦しみを根絶させる知恵へと導く道として、あなたの文化全体が
瞑想に価値を置いているからかもしれません。しかし西洋で主流な文化においては、
このような規律や不変性への個人的な選択、特にこのように何もしない努力、
エネルギーでありながら目に見えない「産物」という、普通とは少し違うものを選ぶ
ことは、ほとんど理解を得られないでしょう。

 

What is more, any superficial or romantic notions we might harbor of becoming a better
person――more calm or more clear or more compassionate――don’t endure for long
when we face the turbulence of our lives, our minds, and bodies, or even the prospect of
getting up early in the morning when it is cold and dark to sit by yourself and be in the
present moment. It’s too easily put off or seen as trivial or of secondary importance,
so it can always wait while you catch a little more sleep or at least stay warm in bed.

さらにいえば、もっと平静で、もっと明晰で、もっと心の優しい、よりよい人になる
という、私たちが抱く表面的または空想的な考えは、人生や心、身体の混乱に直面
すると、または寒くて暗い朝に早起きして一人で座りその瞬間に身を置くということを
考えただけでも、長続きしないのです。もう少し眠りたいからとか暖かいベッドの中に
いたいからと、あまりにも簡単に先延ばししたり、ちっぽけなこととか二の次だと
見なしたりしてしまいます。

 

If you hope to bring meditation into your life in any kind of long-term, committed way,
you will need a vision that is truly your own――one that is deep and tenacious and
that lies close to the core of who you believe yourself to be, what you value in your life,
and where you see yourself going.

瞑想をあなたの人生に長期的にきちんと取り入れようとするならば、本当にあなた自身
のものであるヴィジョンが必要になるでしょう。それは、深く頑強で、あなたが思う
自分らしさや、あなたが自分の人生で大切にしていること、自分が向かっている方向
という、核心に近いものです。

 

TRY:

Asking yourself why you meditate or why you want to meditate. Don’t believe your first
answers. Just write down a list of whatever comes to mind. Continue asking yourself.
Also. Inquire about your values, about what you honor most in life. Make a list of what is
really important to you. Ask yourself: what is my vision, my map for where I am and
where I am going? Does this vision reflect my true values and intentions? Am I
remembering to embody those values? Do I practice my intentions? How am I now
in my job, in my family, in my relationships, with myself? How do I want to be?
How might I live my vision, my values? How do I relate to suffering, both my own
and others?

エクササイズ

なぜ瞑想をするのか、またはなぜ瞑想したいと思うのか、自分自身に問いかけて
みましょう。最初に得られた答えを信じてはいけません。浮かんだことをすべて
リストにして書き記してみましょう。自問し続けてみましょう。また、あなたが価値を
置くものや、人生においてもっとも称賛するものについて問いかけてみましょう。
あなたにとって本当に必要なものは何か、リストアップしてみましょう。自分に聞いて
みましょう。私のヴィジョンは何か?自分が今いる場所、向かっている場所への
地図は?このヴィジョンは私にとって本当の価値や意図を反映しているのだろうか?
これらを表現することを私はちゃんと思い出しているだろうか?私は自分の意図を実践
しているだろうか?仕事、家庭、人間関係、自分自身に対して、私はどれだけ「今」に
存在しているだろうか?私はどうなりたいのだろうか?自分のヴィジョンや自分が価値
を置いているものを私はどう生きるだろうか?自分や他人の苦悩に対し、私はどう
かかわっているだろうか?

 

いかがでしたか?瞑想を続ける理由は、自分を含めておそらく多くの日本人にとって、
「何となく良さそうだから」という感性的なものだと思います。これに対して、
何ごとにも理性的に取り組み「Why?」の疑問が解決されるまでは納得しない傾向が
ある西洋人にとっては、確固たる「ヴィジョン」が必要なのでしょう。これで思い出す
のは、リーダーをめざす人必読と言われるベストセラー「WHYから始めよ(START
WITH WHY)」という本です。また、西洋人と東洋人の考え方の違いについて、興味
深い比較を行なっている本「木を見る西洋人、森を見る東洋人」をまとめたブログを
見つけたので、そちらも紹介しておきます。

 

https://organization.design/西洋と東洋の違い-67cf88faf2c9

 

Wherever You Go, There You Are: Mindfulness meditation for everyday life (English Edition)

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マインドフルネスを始めたいあなたへ 毎日の生活でできる瞑想:Wherever You Go, There You Are

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Start with Why: How Great Leaders Inspire Everyone to Take Action

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WHYから始めよ!―インスパイア型リーダーはここが違う

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心の時代のキイワード「手放す(let go)」を読み解く。「マインドフルネスを始めたいあなたへ」その8

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大ヒット映画「アナと雪の女王」の主題歌「Let it go~ありのままで~」で、
すっかりおなじみになったフレーズ「let go」ですが、いわゆる「ニューエイジ
あるいは「心の時代」を代表する定番表現です。その意味するところは、何か?
マインドフルネス普及の功労者ジョン・カバットジンの解説をご紹介します。

 

Letting go means just what it says. It’s an invitation to cease clinging to
anything――whether it be an idea, a thing, an event, a particular time, or view, or
desire. It is a conscious decision to release with full acceptance into the stream
of present moment as they are unfolding.

手放すとは、その言葉どおりの意味です。考え、物、出来事、特定の時間、見方、
欲求など、いかなるものにもしがみつくのをやめることへの招待状といえるでしょう。
それは、絶え間なく流れる一瞬一瞬の中に、その瞬間が展開するままに、完全に
納得したうえで解き放つことへの意図的な決意です。

 

To let go means to give up coercing, resisting, or struggling, in exchange for something
more powerful and wholesome which comes out of allowing things to be as they are
without getting caught up in your attraction to or rejection of them, in the intrinsic
stickiness of wanting, of liking and disliking. It’s akin to letting your palm open to unfold
something you have been holding on to.

手放すとは、欲求、好意、嫌悪に内在する粘性によってあなたがその物事に対し
感じる魅力や拒絶に囚われることなく、物事がそのままであることを受け入れる
ことから生まれる、より力強く健全なものと引き換えに、強制すること、抵抗する
こと、もがくことをやめるということです。これはまるで、長い間つかまっていた
何かを手放すために、手のひらを開くことに似ています。

 

But it’s not only the stickiness of our desires concerning outer events which catches us.
Nor is it only a holding on with our hands. We hold on with our minds. We catch
ourselves
, get stuck ourselves, by holding, often desperately, to narrow views, to self-
serving hopes and wishes. Letting go really refers to choosing to become transparent
to the strong pull of our own likes and dislikes, and of the unawareness that draws us
to cling to them. To be transparent requires that we allow fears and insecurities to play
themselves out in the field of full awareness.

でも、私たちをとらえるのは、外側の出来事に関する執着心だけではありません。
また、私たちが手でつかまっているものだけとも限りません。私たちは、心でも
しがみつくことがあります。狭いものの見方、利己的な希望や願いにつかまることで
(多くの場合、必死につかまっています)、自分自身に囚われ、自分自身につまずいて
いるのです。手放すとは本来、自分自身が抱く好意や嫌悪から生まれる強烈な引力や、
無意識の囚われに対して、意図的に透明になるということです。透明になるには、
恐れや不安を完全な意識の中にのぼらせることが必要です。

 

Stillness, insight, and wisdom arise only when we can settle into being complete
in this moment, without having to seek or hold on to or reject anything. This is
a testable proposition. Try it out just for fun. See for yourself whether letting go
when a part of you really wants to hold on doesn’t bring a deeper satisfaction
than clinging.

静寂、洞察そして英知は、私たちがいかなるものも求めず、執着せず、拒絶する
ことなく、この瞬間に完璧でいる状態におちつくことができるときにのみ、湧き出て
きます。この主張は、検証することができます。楽しむつもりでやってみてください。
心の一部では本当にしがみつきたいと思っているときにあえて手を放すことで、
しがみつくよりも深い満足を得られないか、自分で体験してみてください。

 

いかがでしたか?「しがみつかない」という表現は、私にもピンとくるものがあり、
かつて以下のような詩を書いたことがあります。ご一読いただければ幸いです。

 

                      Grown-up

 

大人とは                    No grown-up

しがみつかない人      Will cling onto you.

大人とは                     A grown-up

そっと抱きしめる人   Will hold you softly.

 

Wherever You Go, There You Are: Mindfulness meditation for everyday life (English Edition)

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無我の境地「ゾーン」あるいは「フロー」と瞑想の関係。「マインドフルネスを始めたいあなたへ」その7

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スティーブ・ジョブズも実践していたというマインドフルネスの瞑想は、脳を
リラックスさせて集中力を高め、最高のアイデアを生み出すのに効果を発揮。
スポーツの世界では、「何もしていないのに、身体が勝手に動き、最高の
パフォーマンスができていた」という「ゾーン」あるいは「フロー」と呼ばれる
状態があり、これにもリラックスと集中が関係していると言います。
マインドフルネス普及の功労者ジョン・カバットジンの言葉に耳を傾けてみましょう。

 

Effortless activity happens at moments in dance and in sports at the highest levels of
performance; when it does, it takes everybody’s breath away. But it also happens in
every area of human activity, from painting to car repair to parenting.

努力のない活動とは、ダンスやスポーツで最高のパフォーマンスを出しているときに
起こります。それが起こるとき、誰もが息を呑みます。しかしこれは、ペンキ塗りから
自動車の修理、子育てに至るまで、人間の活動におけるあらゆる分野で起こり得るの
です。

 

Years of practice and experience combine on some occasions, giving rise to
a new capacity to let execution unfold beyond technique, beyond exertion,
beyond thinking. Action then becomes a pure expression of art, of being, of letting go
of all doing――a merging of mind of body in motion.

長年の実践と経験がある状況に重なれば、新たな可能性が生まれ、技術や努力、考えを
超えて実力が出たりします。その後、純粋な芸術、存在、すべてを手放すことなどの
純粋な表現が、心と体が動きの中で一つになり、行動となります。

 

We thrill in watching a superb performance, whether athletic or artistic, because it allows
us to participate in the magic of true mastery, to be uplifted, if only briefly, and perhaps
to share in the intention that each of us, in our own way, might touch such moments of
grace and harmony in the living of our own lives.

スポーツでも芸術でも、素晴らしいパフォーマンスを見ていると、私たちはワクワク
しますが、それは、熟練した真の技が見せてくれる魔法に私たちも参加し、一瞬だけ
でも高揚できるからであり、そしておそらく、私たち一人ひとりがそれぞれの方法で、
自分たちの人生を生きるその中で優雅さとハーモニーの瞬間に触れることができる
かもしれないからなのです。

 

We can apprentice ourselves to this work, knowing full well that non-doing is truly
the work of a lifetime; and conscious all the while that the doing mode is usually
so strong in us that the cultivating of non-doing ironically takes considerable effort.

何もしないこととは、まさに一生をかけて体得するものであることを充分理解し、
通常の私たちにとっては何かをするモードがあまりにも優勢で、何もしないことが
皮肉にも非常に努力を要するということを常に意識するのです。

 

Meditation is synonymous with the practice of non-doing. We aren’t practicing, to make
things perfect or to do things perfectly. Rather, we practice to grasp and realize (make
real for ourselves) the fact that things already are perfect, perfectly what they are.
This has everything to do with holding the present moment in its fullness without
imposing anything extra on it, perceiving its purity and the freshness of its potential
to give rise to the next moment.

瞑想とは、「何もしないことの実践」と同意語です。物事を完璧にするためや、物事を
完璧にこなすために実践するのではありません。むしろ、物事はすでに完璧であり、
そのままで完璧な状態であるということを理解し悟る(自分たちにとっての真実に
する)ために実践するのです。これは今この瞬間のすべてを、特別な何かを加えること
なくとらえることであり、次の瞬間を生み出す潜在力の純粋さや新鮮さを感じること
なのです。

 

Then, knowing what is what, seeing as clearly as possible, and conscious of not knowing
more than we actually do, we act, make a move, take a stand, take a chance. Some
people speak of this as flow, one moment flowing seamlessly, effortlessly into the next,
cradled in the streambed of mindfulness.

その後、物事をはっきりと分別し、可能な限り明確に理解し、自分たちが実際に
知っている以上のことは知らないということを認識しながら、行動を起こし、態度を
明確にし、いちかばちかやってみるのです。これを「流れ」と呼ぶ人もいます。一つの
瞬間がよどみなく自然に次の瞬間へと流れ、マインドフルネスという川の底に抱かれ
育まれていくのです。

 

いかがでしたか?さらに理解を深めるため、「ゾーン」とマインドフルネス瞑想の関係に関するコラムを見つけたので、そのURLを貼り付けておきます。よろしかったら、ご一読ください。

 

http://studyhacker.net/columns/zone-state

 

Wherever You Go, There You Are: Mindfulness meditation for everyday life (English Edition)

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瞑想で「何もしないこと」の素晴らしさを体感する。「マインドフルネスを始めたいあなたへ」その6

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スマホ、ゲーム、LINE etc…つねに何かをしていなければ落ち着かない、
という人にとって、「瞑想って、ただ座っているだけでしょ。それで何が変わるの?」
という疑問を抱くのは当然かも知れません。そんなあなたに、マインドフルネス普及の
功労者ジョン・カバットジンの以下の言葉をお贈りします。

 

If you sit down to meditate, even for a moment, it will be a time for non-doing. It is
very important not to think that this non-doing is synonymous with doing nothing.
They couldn’t be more different. Consciousness and intention matter here. In fact,
they are key.

あなたがたとえほんの一瞬だけでも瞑想するために座ったのなら、それは何もしない
ための時間です。この「何もしないこと」は、何もせずダラダラ過ごすことと同意語と
思わないことが非常に重要です。これ以上違う言葉はないというほど、まったく違う
意味を持っています。これは、意識と意図の問題です。実のところ、それがカギです。

 

On the surface, it seems as if there might be two kinds of non-doing, one involving
not doing any outward work, the other involving what we might call effortless activity.
Ultimately we come to see that they are the same. It is the inward experience that counts
here. What we frequently call formal meditation involves purposefully making a time
for stopping all outward activity and cultivating stillness, with no agenda other than
being fully present in each moment. Not doing anything. Perhaps such moments of
non-doing are the greatest gift one can give oneself.

表面的に見ると、「何もしないこと」には、外側の動きを何もしないことと、いわゆる
努力を要さない活動、という二種類のものがあるかのように思えます。しかし結局は、
これらは同じであることに気づきます。ここで問題なのは、内なる経験です。私たちが
よくいう正式な瞑想とは、その一瞬一瞬に完全に存在する以外の目的を持たず、外側の
活動をすべてやめ、静寂を深めるための時間を意図的に作ることです。何もせずに。
おそらく、こうした何もしない瞬間は、自分に与えることのできる最高の贈り物
でしょう。

 

TRY:

Recognizing the bloom of the present moment in your daily meditation practice
if you have one. If you are up early in the morning, try going outside and looking
(a sustained, mindful, attentive looking)at the stars, at the moon, at the dawning light
when it comes. Feel the air, the cold, the warmth (a sustained, mindful, attentive
feeling).Realize that the world around you is sleeping. Remember when you see
the stars that you are looking back in time millions of years. The past is present now
and here.

エクササイズ

もしあなたが毎日瞑想を実践しているなら、その瞑想の中で、現在というその時が
花開く瞬間に気づきましょう。朝早く起きたら外に出て、星、月、そして夜が明ける
ときには朝陽を見つめてみましょう(ゆっくりとマインドフルな注意深い観察)。
空気や、冷たさ、暖かさを感じてみましょう(ゆっくりとマインドフルな注意深い
感覚)。周囲の世界が眠っていることに気づいてみてください。あなたが星を見上げる
とき、数百万年もの時間を振り返っているのだという事実を思い出してください。
過去は、今ここで、現在になっているのです。

 

Then go and sit or meditate lying down. Let this or any time you practice be your time
for letting go of all doing, for getting into the being mode, in which you simply dwell
in stillness and mindfulness attending to the moment-to-moment unfolding of the present,
adding nothing, subtracting nothing, affirming that “This is it.”

その後、座るか寝転がるかしてください。この時間、そしてあなたが実践するときは
いつでも、すべてのことを手放し、静寂とマインドフルネスの中に存在するだけという
モードに切り替え、現在が一瞬ごとに展開していく様子に注目し、何も付け足さず、
何も差し引かず、「これがそのものなんだ」ということを確認する、という時間に
してください。

 

Wherever You Go, There You Are

Wherever You Go, There You Are

 

  

マインドフルネスを始めたいあなたへ 毎日の生活でできる瞑想:Wherever You Go, There You Are

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